にった接骨院

開院10周年を迎えて 2019/06/17

埼玉県志木市中宗岡のにった接骨院です。

2019年6月17日、にった接骨院は10周年を迎えました。

1988年1月2日。スキーにて骨折。ここからにった接骨院は始まっていた。

1988年1月2日。この日、小学3年生の私は、バスでスキー場に向かいました。

この数時間後、スキー場で骨折をしてしまったのです。

パトロールの方に助けられ、応急処置を施してもらい地元に帰りました。

あまりに痛かったため、お願いしたところ年始なのに地元の接骨院で診てくれることになりました。

骨折した骨がずれていたため、初めて骨を整復(正しい位置に戻す)処置を受けました。

その後も、通院し、無事治りましたが、先生の顔や受付の人の顔、接骨院の雰囲気や匂いまで今でも鮮明に覚えています。

この時点で、私は、接骨院の先生になると心に決め、親に話していたのでした。

 

にった接骨院のぶれない姿勢『けがを治す』

当院が10年間貫いてきたものは「けがを治す」ということです。

これは、私が柔道整復師になると決めた時からぶれない姿勢です。

骨折などけがの治療にはリスクが伴います。

整形外科の先生にご指導を頂きながら、連携を取り治していくことができるのが当院の最大の強みにもなっています。

かとう整形外科、坂本整形外科、さくら記念病院、新座志木中央病院の先生方には、大変お世話になっております。

あのころのもう一つの夢「スキーパトロール」

小3の私がパトロールのお兄さんに抱えられて搬送される際、痛みもひどく大変な不安でした。

私はお兄さんに「僕の足はどうなっちゃうの?」と聞きました。

お兄さんは、スキー場にある木を指さして

「茶色い枝は硬いからすぐ折れちゃうけど、まだ若い青い枝は柔らかいからそう簡単に折れない。

君の骨は若いから、まだ青い木みたいに柔らかいから大丈夫だよ。」

と言ってくれました。

私は、それを聞いてとても安心したのを覚えています。

その時から、スキーパトロールも私の憧れでした。

今では、そのスキーパトロールも、毎年の私の活動となっています。

これからのにった接骨院

これからもぶれることなく「けがを治す」ために、治療と共に勉強を続け、様々なことに挑戦していきたいと思います。

また、「ほねつぎ」という匠の技を後進に伝え、皆さんにも広く知ってもらうように努力していきたいと思います。

今後ともにった接骨院をよろしくお願い致します。

にった接骨院の想い

けがにより失うものは、「予定」だと考えています。

「大事な試合に出たい」
「約束していた家族旅行に行きたい」
「仕事を思うようにすることができない」

けがを負わなければ、実行されていたであろう「予定」があり、
けがをした今でも叶えたい「予定」があります。

だからこそ、私たちの使命は、患者さまの叶えたい「予定」と向き合い、
その「予定を実行させる」ことだと思っています。

けがを負ったことにより、失われた予定を取り戻し、
笑顔のある生活を送ってもらいたいと思っています。

にった接骨院 院長 新田 陽介

 

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